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東京高等裁判所 昭和48年(う)3147号 判決 1974年4月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人および弁護人増田修がそれぞれ提出した各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一弁護人の控訴の趣意第一、二について。

所論は、原判決は罪となるべき事実中第一、一の事実について自白を内容とする被告人の原審公判廷における供述、司法警察員(昭和四八年一〇月二日付)および検察官(同月八日付)に対する各供述調書を証拠として挙示しているほかには右自白を補強する証拠を挙示しておらず、また同第一、二の事実について自白を内容とする被告人の原審公判廷における供述、司法警察員(同月一七日付)および検察官(同年一一月二日付)に対する各供述調書、被告人作成の上申書(同年一〇月二日付)と岡村清美作成の被害届を証拠として挙示しているが、記録中には岡村清美作成の被害届はないので、右事実についても被告人の自白のほかにこれを補強する証拠を挙示していないことに帰し、原判決は同第一、一および二の事実につき被告人の自白を唯一の証拠として有罪の言渡をしたものであるから、原審の訴訟手続は刑訴法三一九条二項に違反し、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで原判決および原審記録を調査すると、原判決は罪となるべき事実第一として被告人が犯行前四回にわたり窃盗罪又は窃盗および横領の罪により懲役刑に処せられて、その執行を受け終つた前科のほか、常習として一、二、三の各窃盗を犯した旨の常習累犯窃盗の事実を認定判示し、証拠として、常習性につき被告人の原審公判廷における供述および前科照会回答書を挙示し、一の窃盗の事実につき自白を内容とする被告人の原審公判廷における供述、被告人の司法警察員(昭和四八年一〇月二日付)および検察官(同月八日付)に対する各供述調書を挙示し、二の窃盗の事実につき同じく被告人の原審公判廷における供述、被告人の司法警察員(同月一七日付)および検察官(同月一一月二日付)に対する各供述調書、被告人の上申書(同年一〇月二日付)および岡村清美作成の被害届を挙示していることは所論のとおりである。ところで、常習累犯窃盗は、所要の前科があつて、窃盗行為を反覆累行する習癖を有する犯人が右習癖の発現として数個の窃盗行為を行つた場合でも一罪を構成するに止まるが、この一罪を構成する各個の窃盗行為はそれぞれ異つた法益を侵害する刑法二三五条(又はその未遂罪)に該る独立の行為であり、各窃盗行為自体が相互にその行為の存在を補強し合う態様で関連しているというものではないから、各窃盗行為につき被告人の自白がある場合でも右各行為毎にそれぞれこれを補強する証拠を要するものというべきであり、また窃盗を反覆累行する習癖すなわち常習性が各窃盗行為とは独立に認定できる場合でも、右各窃盗行為が常習性の発現であるからといつて、右常習性の事実をもつて直ちに具体的な各窃盗行為を補強するものとすることはできない。すると、原判決は第一、一の事実については被告人の自白以外にこれを補強する証拠を挙示していないので、結局被告人の自白を唯一の証拠として有罪の判決をしたことになつて、刑訴法三一九条二項に違反し、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。また原判決の罪となるべき事実第一、二の窃盗の被害者は岡村清美であるところ、原審記録中には原判決が岡村清美作成の被害届と表示している証拠は存在しないが、被害者岡村清美本人に代つてその従業員である上園久昭が作成提出し、検察官の請求に基づき原審で適法に証拠調を経た被害届(記録八七丁)があり、原判決の表示する岡村清美作成の被害届とは正に右の上園久昭作成の被害届を指すものであることは明らかで、右は被害者の代理人の作成した被害届を被害者本人の作成した被害届と誤つて表示したもので、単なる誤記というべきであり、右の記載内容は同第一、二の窃盗の事実に照応するものであるから、自白の補強証拠としては十分である。論旨は前記第一、一の事実に関する部分に限り理由がある。

二弁護人の控訴の趣意第一、一について。

所論は、要するに原審の訴訟手続には(一)原審弁護人において被告人が本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつたと主張したのに原判決は右主張に対し判断を示していない点で刑訴法三三五条二項違反があり、(二)原審記録によれば、被告人は癲癇に罹患しており、犯行当時は異常な精神状態にあつた疑いがあるので、原審としては被告人の責任能力について進んでその立証を促し、さらに職権で証拠調をすべきであつたのでこの措置に出なかつた点で審理不尽の違法があり、右の各訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、原審記録を調査すると、原審第一回公判において被告人は弁護人の質問に対し、ひきつけとか癲癇の病気があり、夏にときどき発作を起す旨供述し、弁護人はこれを受けて証拠調後の意見として、被告人にはひきつけ癲癇の病気もあるので寛大な判決を求める旨陳述したことが認められるが、右は弁護人の意見中情状の項に記載されているものであり、未だ被告人が本件犯行当時心身耗弱の状態にあつた旨主張したものとは解されない。したがつて原判決がこの点に関し明示の判断を示さなかつたとしてもこれを違法ということはできない。

また、原審記録中の被告人の司法警察員に対する昭和四八年一〇月二日付供述調書には、被告人は少年当時窃盗の非行により養護施設及び医療少年院に収容されたことがある旨の記載があること、被告人が原審公判廷において、ひきつけとか癲癇の病気があり、夏にときどき発作を起す旨供述していることからすると、被告人に精神障害があることが窺われるが、原判決挙示の被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書によれば、被告人は本件各犯行当時の状況をいずれも十分記憶しており、その前後の状況にも諒解し難いような点はなく、被告人が右各犯行当時気分的に不安定なところがあり、幾分抑制力が低下していたことは窺われないではないが、前記の被告人の供述にあるような癲癇の発作による朦朧状態あるいは癲癇性の不機嫌状態にあつた事実は認められず、原審記録上被告人には右各犯行当時是非善悪を弁識する能力及び右弁識に従つて行動する能力が十分あつたことが認められるので、原審がさらに責任能力の有無に関する立証を当事者に促し、或いは原審自ら職権でその点に関する証拠の取調をしなかつたとしても原審のこの措置に審理不尽の違法があるとはいえない。なお当審における事実取調の結果によつても被告人が本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつたとは認められない。

論旨はいずれも理由がない。

三弁護人の控訴の趣意第二について。

所論は、被告人は原判示第一、一の窃盗の事実により逮捕された後いまだ事が捜査機関に発覚する前に同判示第一、二および三の窃盗の事実を自らすすんで申告して自首したものであるが、原判決が右の自首の事実を判示しなかつたのは審理不尽の結果事実を誤認したものである、というのである。

なるほど原審記録によれば、被告人は昭和四八年一〇月二日原判示第一、一の窃盗の事実を理由とする逮捕状により司法警察員に逮捕され、同日右司法警察員の取調を受けて右事実を自白し、同日同判示第一、二の窃盗を犯したことを内容とする神奈川県戸部警察署長宛の上申書を作成して提出し、司法警察員は同月三日右窃盗の被害者の従業員を参考人として取り調べて供述調書を作成し、同人から被害届を徴したこと、被告人はさらに同月一二日同判示第一、三の窃盗を犯したことを内容とする同警察署長宛の上申書を作成して提出し、同警察署は右窃盗の被害者が警視庁池袋警察署長宛に提出していた同年八月一日付の被害届の移牒を受けたことが認められ、被告人の当審公判廷における供述によると、被告人が警察官から質問を受ける前に被告人からすすんで前記上申書を作成したものであることが窺われ、被告人の前記上申書作成当時原判示第一、二の事実は捜査機関に認知されておらず、同判示第一、三の事実は捜査機関に認知されていたが、その犯人が誰であるかは認知されていなかつたことが認められる。そこで、右の状況からみると同判示第一、二および三の事実については一応自首の要件を充すものといわなければならない。しかしながら自首は刑の任意的減軽事由であつて自首を認めて刑を減軽するかどうかは裁判所の裁量に委ねられており、自首による刑の減軽をしないときはその事実の有無を判決に判示する必要はないのであつて、原判決は自首の有無について何ら事実を認定判示していないのであるから、所論のようにこの点で事実の誤認があるということはできない。

なお原判示第一の事実は常習累犯窃盗の一罪として一個の刑で処断されるのであるから、右一罪を構成する各個の窃盗についてそれぞれ法律上の減軽の要件を充す場合は格別、その一部について自首の要件を充すだけでは前記一個の刑につき自首を理由に法律上の減軽をすべきでないことは、右の自首の要件を充す行為が起訴されていない場合を考えれば自ずから明らかである。論旨は理由がない。

なお、前科照会回答書によると、被告人には原判決が「累犯前科」として摘示する二つの前科のほかに罪となるべき事実第一の冒頭(二)に摘示する前科があり、この刑は昭和四三年四月一七日にその執行を受け終つたことが明らかであつて、これも原判示第一の罪と累犯の関係に立つが、原判決は刑法五六条、五九条、五七条を適用しているので、この点は、未だ原判決破棄の理由となすには足りない。

そこで、弁護人のその余の控訴趣意(量刑不当)および被告人の控訴趣意(量刑不当。なお、被告人の控訴趣意中には心身耗弱の主張までするかに受け取れる箇所もないわけではないが、その理由のないことは既に二で述べたとおりである。)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらに次のとおり判決する。

(当裁判所が認定する罪となるべき事実)

原判決の(罪となるべき事実)第一の一記載のとおりであるからこれを引用する(その余は原判決が認定するところによる。)

(証拠の標目)<略>

(累犯前科)

被告人は、(一)昭和四二年九月一八日静岡簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月に処せられ、昭和四三年四月一七日右刑の執行を受け終り、(二)昭和四四年一二月九日名古屋簡易裁判所において同罪により懲役一〇月に処せられ、昭和四五年一〇月一三日右刑の執行を受け終り、(三)昭和四六年六月七日福井簡易裁判所において同罪により懲役一年二月に処せられ、昭和四七年八月六日右刑の執行を受け終つたもので、右事実は検察事務官作成の被告人に対する前科照会回答書によりこれを認める。

(法令の適用)

原判決が確定し及び当裁判所が認定した被告人の常習累犯窃盗の所為は盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律三条、二条、刑法二三五条に、原判示第二の横領の所為は同法二五二条一項にそれぞれ該当するところ、被告人には前示前科があり、右は常習累犯窃盗の罪との関係で四犯、横領の罪との関係で三犯となるので、同法五六条、五九条、五七条により常習累犯窃盗の罪については同法一四条の制限に従いいずれも法定の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから重い常習累犯窃盗の罪の刑に同法一四条の制限に従い法定の加重をし、本件各犯行の動機、態様、被害の程度、被告人が中学生当時から窃盗を繰り返し、これまで窃盗、横領の罪で前記累犯前科を含めて五回懲役刑に処せられ(ただし最初の懲役刑は執行を猶予され、後にこれを取消されたもの)、銃砲刀剣類等所持取締法違反の罪で一回罰金刑に処せられていること、住居、職業ともに安定せず、親兄弟から離れていて十分な監督者がないこと、被告人は癲癇の症状を有しかつ精神薄弱者であること、本件各犯行については十分反省していること、被告人の年令、性格、境遇等被告人のため有利不利な一切の事情を考慮し、その刑期範囲内で被告人を三年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入し、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人には負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(龍岡資久 西村法 福嶋登)

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